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タイトルは落語家、立川談志がよく本などで書いたりしている言葉です。 2011年3月11日の東日本大地震で私はこの言葉を幾度も噛みしめています。 私自身は大バカ者でした。買いだめをし、必要ないところに電話して、停電におびえてました。 「いつでもいつ死んでもいいような状態で生きていたいな」 つまり後悔するようなことがあるから危機的状況に混乱してしまうのかな、と。
レイチェル・ワイズ演じるヒュパティアが死を予感した際、なぜあれほど冷静なのかと考えると、長年の研究の結論を導き出した後であったからではないかと思えるようになってきました。
レイチェル・ワイズはヒュパティアを女性のインテリにありがちな神経質な感じではなく、本作品を「報われない愛の物語」とパンフで語っていることからもわかるように、恋する乙女のように演じています。 登場人物の女性がヒュパティアのみなので、ヒュパティアが物語の流れを促し、またクッションのような役割も担っています。「キューポラの街」の吉永小百合みたいだなと思いました。石の街にむさい男の中でひとりの魅力的な女性がいることでバランスがなりたっているのです。
ヒュパティアがこの時代に天文学者になれたのは父のアレクサンドリア図書館館長、テオン(マイケル・ロンズデール)の存在あってこそですが、いつの時代も父親を尊敬している女性は強いです。ヒュパティアがこれだけ研究に没頭できたのは父の遺志を受け継ぐというプライドあってのことでしょう。それほど父親の存在は女性にとって大きいし、それが恋愛にも影響しています。
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