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ダウト 〜あるカトリック学校で〜

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ダウト 〜あるカトリック学校で〜

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疑念の心が不寛容を生み、愛を凌駕すると、

採点:
(5点満点中5点)

投稿日時:2009/03/11 19:14:15 投稿者:spam_spam_egg_spamさん

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 劇作家ジョン・パトリック・シャンリィが、2005年のトニー賞、ピュリッツァー賞をダブル受賞した「ダウト/疑いをめぐる寓話」を映画化した作品。主要登場人物4人がすべてオスカーにノミネートされたことでも話題となった。その4人とは、黒人少年との性的関係を疑われたカトリック教会のフリン神父(フィリップ・シーモア・ホフマン)、神父と対立し、その疑惑を追及する神学校長シスター・アロイシス(メリル・ストリープ)、その疑惑のきっかけを目撃した担任教師シスター・ジェームズ(エイミー・アダムス)、それに少年の母親ミラー夫人(ビオラ・デイビス)。基本的には、舞台用戯曲として書かれた作品らしく、顔を合わせた場面でのそれぞれの台詞が重要な意味を持つ映画となっている。

 中でも、フリン神父の説教は印象的で、原作者の思想が強く込められていると感じた。映画冒頭の説教では、疑念の気持ちが時には強い結束や意志を生む、という内容。この映画のプロットそのものだろう。

 2度目の説教は、噂話のたとえ。噂話好きの女性に対し、神は「お前の枕を持って、屋根に上り、その枕を裂け」と命ずる。枕の中の羽毛が空に舞うのを見て、神は「その羽毛をすべて集めなさい」と。その羽毛こそが、噂であるわけだ。噂は一旦広がれば、もう止めることも収めることもできない、その恐ろしさは我々は現実社会で数多く経験している。シスター・アロイシスへの強い苛立ちを感じる内容だ。

 そして、シスター・アロイシスの嫌うボールペンを使って書き留めようとしたもう一つの説教のアイデアが「不寛容(intolerance)」。キリスト教においては、罪を認め、それを告白する(confess)ことで、神に許しを請う。神がそれを許す、それこそ寛容の心だろう。聖書にもあるように「愛は寛容である(love is patient)」のだ。しかし、宗教には「不寛容」の資質も隠れている。すなわち、聖書から読み取る規律を守って暮らすことが、神に近づく唯一の方法であり、それ以外の生き方を認めないという不寛容。他の宗教的生き方や価値観を認めないという不寛容。福音派を始めとしたキリスト教右派には、常に不寛容の影がつきまとう。

 そう、ここに、この映画の本質があると思う。自分の信じる正義と規律を重んじ、それから外れることを認めないシスター・アロイシスの「不寛容」、多様な生き方や考え方を受け入れるフリン神父の「寛容」。しかしながら、道義的にはシスター・アロイシスは正義ではある。フリン神父は、その正義に対し、「間違い」とは言わず、寛容さを彼女に求める。だから、ひょっとすると、シスター・アロイシスが抱いた疑念は事実なのかもしれない、と思える。

 結局、その事実は明かされず、曖昧さを残したままで終わる。事実なのかどうかはっきりさせた方が鑑賞後の満足度は高くなるかもしれない。それが普通のエンディングだろう。でも、世の中は、必ずしもシロクロはっきりするわけではないし、事件の真相がわからないままに終結することもある。そういう点では、非常にリアリティのあるエンディングなのではないか。好みの問題かもしれないが、この曖昧さがかえって私の想像力をかき立ててくれ、鑑賞後に映画をあれこれ振り返ることができた。そんな映画の鑑賞方法も悪くない。(タイプは違うが、「ノー・カントリー」も同様な鑑賞後感だった)

 私が思うに、この映画(脚本)において、疑惑をもたれた事件そのものの真相はどうでもいいのかもしれない。その疑惑を持つ心そのものが引き起こす行動、すなわちシスター・アロイシスのとった行動が、はたして正しいのか。さらに言えば、真相を追求することが必ずしも正しいことなのか。

 疑念にとりつかれた人の取る行動を私たちに見せ、考えさせてくれた、と言う点で、この映画のメッセージは十分に伝わる。大事なのは真相ではない、そこに至るまでの過程なのだろう。真相追求ではなく、「この子に優しく接してくれるのは神父だけなんです。」「あと6ヶ月だけ辛抱して下さい」と話す少年の母親ミラー夫人の台詞にも、その意図を感じるのだ。さらに、ミラー夫人の「この子はそういう性質(his nature)を持っているんです」にも、寛容の念をシスター・アロイシスに求める場面もある。 「悪を駆逐するには、神から遠ざかることになってもよい(嘘をもつく)。」とシスター・アロイシスは言ったが、その後に涙を流す場面、「大切なのは不寛容ではなく、愛である」というフリン神父の言葉に、作者の強いメッセージを感じた。

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